士郎が修行を始めてから2年
この時聖堂教会ではゼルレッチに、魔術協会では蒼崎青子に未確認ではあるがそれぞれに弟子が出来たと言うことが報告されてた。
そしてそれはとある死徒の耳にも入っていた。
 
「なんか退屈ねぇ〜。リィゾなんか面白いこと無い?」
その少女は護衛の騎士である黒い鎧をまとい黒い剣を携えた、黒一色の男に問いかけた。
「そうですねぇ、、、最近小耳に挟んだことではどうやら聖堂教会ではご老体に、魔術協会ではミスブルーに弟子がそれぞれ出来たようです。ただしどちらも未確認ですが。」
「ヘぇ〜そうなの。それにしてもお爺様って滅多に弟子をとらないのに。」
「それともう一つ。そのミスブルーなのですが最近千年城で逗留しているのが確認されました。
同じく27位『封印の魔法使い』、ミスブルーの姉『人形師』も確認されております。」
「あれ?27位って『悠久迷宮』の中に閉じこめられてなかったけ?それに何で関係ない『人形師』までいるのよ。」
「分かりません。ただ先ほどのことから考えますと、おそらくご老体とミスブルーの弟子に関することなのでしょう。」
「なるほどねぇ。そうねひさしぶりにお爺様やあの子に会いたいし、リィゾ、フィナ、準備して。」
「「はっ、姫様。」」
その少女はリィゾともう一人の護衛、こちらは白い鎧に細い刺突剣を携えた男、フィナに呼びかける。
 
この二年士郎は投影と強化の精度を高めることだけを考えどちらも文句ない程度になった。
強化はナイフで厚さ50センチの鉄板を簡単に切断できるほどに。
投影は刀剣類より時間と魔力が必要になるが衣服なども投影できるようになった。
ただし千年城から出る必要がないため衣服に関してはあまり使い道が無く、武器を投影しても習う師も、倒すべき敵もいないため現在は武器を扱う四肢を鍛えているだけである。
そんな代わり映えのない日々を送っていたが士郎としては実に充実とした日々を送っていた。
 
その日はコーバックによる語学の授業だった。
これは橙子と青子が「最低限の学力は必要だ。」と言いだし、コーバックとゼルレッチもそれに賛同したからだ。
基本的に午前は勉強、午後は魔術、夜にその日行ったことの再確認という日々を送っている。
「さてとここら辺でいいだろ。」
「ありがとうございました。先生。」
士郎は橙子を橙子姉さん、青子を青子姉さん、ゼルレッチを老師、コーバックを先生と呼んでいる。
「さて今日の飯はなんだ?」
「そうですねぇ〜。何作りましょうか?」
この2年間毎日食事はすべて士郎が作っていた。そのおかげでこの年にして料理の腕は既に店が開けるレベルにまで達していた。
 
「はぁ〜おいしかった〜。」
「ええ、いつものようにおいしかったですよ。」
「まったく、あいつはほんとに10歳か?」
「美味ければ歳なんて関係ないだろう。」
食事が終わり午後の行動に出る前にホールで士郎以外の全員がくつろいでいた。
午後には士郎の魔術の修行があるのだが、投影に関しては精度よりも今度は明確なイメージを持つための精神的は修行に移っているため、とく何かをするわけでもなく仏教の坐禅の様なものを行っている。
がしかしその日は思わぬ訪問者が千年城を訪れていた。
「お爺様!!お久しぶりです」
そんな少女の声と共に客人たちがホールに入ってくる。
「おお、アルトルージュ様」
「ご老体お久しゅうございます」
「お久しぶりです。ご老体」
「シュトラウト、それにスベェルデン、、、お主達も壮健な様じゃな、、、それにプライミッツも来ておったのか」
そう言ってゼルレッチは入ってきた客人達、黒一色のドレスに身を包んだ、士郎より少し年上と思われる少女と、漆黒と純白の軽装鎧に身を包んだ二人の男性、そして明らかに自然界には存在しない大きな白い犬、に親愛の情を見せる。
「それで姫様今日はどういった用件でここに?」
「滅多に弟子をとらないお爺様が弟子をとったって聞いたから見に来たの。それに他にも気になることがあるからね。ねぇおじいさま、お爺様の弟子ってミスブルーの弟子でもあるんでしょ?」
「ええそうです。」
「で、魔法使い二人が師匠になるほどの人間って誰?」
「正確に言えば私たち4人だがな。」
そう橙子が口を挟む。
「そう言えば何であんたがいるのよ?『人形師』」
「今言ったとうり私の弟子がここにいるからだ。」
「ふ〜ん。で、結局どういう人間なの?」
「私が呼んでくるわ。」
青子がそう名乗り出て、ホールから出て行く。
 
「士郎。」
「なんですか。」
青子に呼ばれ、士郎は座禅と同じように組んでいた足を崩す。
「お客さんが来たんだけど、あんたを見てみたいんだって。」
「そうですかわかりました。で、その人は誰ですか?」
「アルトルージュ・ブリュンスタッドっていえばあとは分かるわよね?」
「名前さえ分かれば。」
そう言って士郎は千年城に始めてきたときと同じように、その人物について思い出していた。
 
戻ってきた青子の隣には赤銅を薄くした色の髪に、紅い目隠しをした少年とも少女とも判別がつかない子供がいた。
「この子が私たち4人の弟子の衛宮士郎です。」
ゼルレッチがそう紹介するがアルトルージュたちから返事はない。
3人とも首をひねっていた。
プライミッツマーダーも微妙に首をかしげていた。
なぜなら女であるアルトルージュでさえ士郎は十分に女の子に見えたからだ。
「お爺様、本当にこの子は男の子なの?」
「確かに男です。ただ橙子曰く士郎は中性らしいです。」
「「中性?」」
アルトルージュとリィゾの2人がまた首をかしげた。
残りのフィナだけは士郎が男と分かった時点で目をランランと光らせていて、ゼルレッチの説明を聞いていなかった。
「やぁ、初めまして。僕は、、、」
そう言って士郎に近づくフィナ。
「貴様は」
「あんたは」
「「士郎に近づくな!!」
「ぐほっ!」
その言葉を遮るように青子は強化した拳で顔を殴り、橙子は回し蹴りでフィナの腹を蹴った。
「貴様のことだからドサクサに紛れて士郎の血を吸う位簡単にやりかねないからな、変態『白騎士』」
「誤解だよ『人形師』」
「フィナ、いい加減にしろ。これ以上姫様に恥をかかせるな。」
さすがにこう言われてはフィナとしても下がるしかない。
ふたたび士郎のことについて話が戻る。
「そいつはとある事が理由で体のホルモンバランスが来るってな、そのため男だか女だか分からなくなったと言うわけだ。」
「なるほどね。ところでそろそろ目隠しをとってくれないかしら?すごく興味があるんだけど。」
それにはリィゾも同じだった。無論フィナも。
「やめておけ。どうせおまえが怒ることになるだけだ。」
しかし橙子がそんな忠告をしてきた。
「あら人の顔を見て何で私が怒らなきゃならないの?」
「見れば分かるが、後悔するなよ。士郎、目隠しをはずせ。」
士郎が目隠しをはずすとそこにはプライミッツマーダーを含む3人と1匹が初めて見る紅い目があった。
死徒として血は見慣れているがそれよりも更に紅い色をした目があった。
しかし逆に士郎の顔色は青くし、口元を押さえた。。
「ちょっと!!君、死にたいの!」
橙子の忠告通りアルトルージュが怒り出した。
「姫様落ち着いてください。」
「これが落ち着いてられるわけ無いでしょう。」
「だから言ったろう。そいつはどんな人間だろうと顔を見るとトラウマが復活するんだ。
あれから2年が経つが顔ぶれが変わらないんだ。直らなくて当然だな。」
橙子がそう言っている間に、士郎としては出来れば早くに目隠しをつけたかった。
「ごめんなさい。出来れば普通に顔を見ることが出来れば良いんですが、どうしても、、、」
さすがに本人から謝られたらアルトルージュとしても黙るしかない。
そして再度目隠しをした士郎を見た。
そして突然こんな事を言い出した。
「ねぇ、お爺様。この子、私に頂戴。」
「「ことわる!!!」」
ゼルレッチが答えるより早く、橙子と青子が答えた。
「ちょっと、私はお爺様に聞いてるのよ。」
「だとしても問題ない。士郎は私たちの弟子でもある。勝手に貴様の物にされても困る。」
「そうよ。だいたいこの子のことは切嗣さんから頼まれたんだから。」
「切嗣ってだれ?」
「士郎の義理の父親で数年前魔術師殺し(メイガスマーダー)とも呼ばれ、多くの魔術師に恐れられていたていた男です。」
ゼルレッチはそう答える。
「ふ〜ん。でもそんことは関係ないわよ。それに、修行だったらここより私の千年城の方が良いわ!魔術の修行だって出来るし、リィゾもいるからこの子自身の修練だって最高の環境よ!」
「何を言っている!貴様の所に行ったら一時間で死徒にされる契約結ばれるに決まっている!」
「なんですって、、、」
「だいたい貴様ごときに士郎をどうこうできるはずがない。」
「どういう意味よ?」
「そこまで貴様に話す義理はない。」
「ちょっと、お爺様。この子はいったい何なのよ?」
「申し訳ありません、姫様。ただ士郎のことに関してあまりお話しできません。」
「お爺様!?」
この時アルトルージュはゼルレッチを信じられないような目つきで見た。
今までこの城の頭首のことも含め、自分を助けてくれたゼルレッチが初めて彼女を拒絶したのだ。
そしてそれは護衛としていつも一緒にいたリィゾとフィナも同じだった。
「黒の姫様。」
今まで話に参加しなかったコーバックがアルトルージュに話しかけた。
「何よ?27位の封印の魔法使い。」
半分八つ当たり気味にそう答える。
「これはこれは、まさか黒の姫様が俺の名を知っていたとは。恐悦至極に存じます。」
「で、何よ?」
「士郎に関しては本当に遊び半分で関わらないで欲しいのです。」
半分怒気を含んだ声でそう言った。
「貴様!姫様になんという口を」
「落ち着きなさい、リィゾ。何が言いたいの?」
「何簡単なことです。あなたもご存じのように俺は『悠久迷宮』に何年も閉じこめられていました。しかし2年前、とあることでこうして外に出ることが出来ました。なぜだか分かりますか?」
コーバックがそうアルトルージュに訪ねる。
「わかんないわよ。だいたいお爺様でさえ『悠久迷宮から抜け出せない』って言ったのよ。私に分かるわけ無いじゃない。」
「そうですか。では答えを言いましょう。士郎がとある方法で悠久迷宮の壁を破壊して無理矢理俺の所までたどり着いたからです。」
この答えにアルトルージュたちは先ほどのことを忘れ信じられないような目つきで士郎を見た。
先ほど彼女自身が言ったことから考えて士郎はゼルレッチ以上の何かを持っていることになる。
しかしどう見てもこの少年がそんなにすごい力を持っているように見えなかった。
「姫様。あまり多くは言えません。なぜなら士郎に関わると言うことは今まで知っていた常識が破壊されるからです。」
「どういう事?」
「例えばそうですね、これはおそらくですが、プライミッツマーダーでも士郎は殺せないでしょう。」
「「「ええっ!?」」」
ふたたび驚く3人。
今度は自分に関するのためか、プライミッツマーダーも士郎を見た。
「ですからもう一度言います。士郎に遊び半分で関わらない方が良いでしょう。」
この言葉を聞いてアルトルージュは士郎を見た。
赤銅を薄くした色の髪に紅い目を隠すための紅い目隠しをした女の子に見える男の子。
そんな士郎を見て、アルトルージュは再びこう言った。
「お爺様、この子を私に頂戴。」
「姫様!」
「分かっているわ。お爺様がそこまで言うんだから。だからこそなの。」
士郎の前に立つアルトルージュ。
「ねぇ、士郎君、、、」
「お断りします。」
アルトルージュが問いかけるよりも早くそう答える士郎。
しかしアルトルージュも引き下がらない。
「何故?私の物になればなんでも出来るわよ?」
「俺には守りたい物があります。そのためにここで修行しています。ですからお断りします。」
「私の城でも修行が出来るわよ?」
「俺はここでかまいません。それにあなたは家族ではありません。」
「家族?あなたとは血がつながっていないけど。」
「ではあなたにとってあの人たちは家族ではないのですか?」
そう言って士郎はリィゾたちのことを聞く。
「それは、、、」
これにはさすがにアルトルージュも焦った。
確かに今まで自分と一緒にいてくれているが、彼らが家族かと問われれば答える自身がない。
彼らが自分と一緒にいてくれるのは忠義心によるものなのか分からないからだ。
「答えられなくてもかまいません。ただ俺にとってこの人たちは家族で、あなたは家族でない。ただそれだけの理由です。」
士郎にとってこれは当たり前の事実だった。
そしてゼルレッチたちも士郎の境遇を理解していたために、何も言いはしなかった。
だからアルトルージュにとって非常に困った。
この少年には迷いがないからだ。
だからどんなに揺さぶろうと効果はない。
だからアルトルージュは卑怯な手段に出ることにした。
「じゃあ、もし私があなたを力ずくで手に入れようとしたら?」
「そのときは逃げます。」
「たたかわないの?」
「俺には力があってもそれを振るうことは出来ません。だから逃げます。」
「ふ〜ん。なるほどね。ねぇ、お爺様。私とこの子が戦って勝ったらこの子を頂戴。
ただしこの子が20分逃げ切ったら私の負け。それでどう?」
「「だめだ!」」
再び橙子と青子がゼルレッチより早く答えた。
「あら、いいじゃない。この子は逃げるって言っているんだし。」
「それでもダメだ。危険すぎる。」
「そうね、確かにこの子にとっては危険かもね。」
「そう言う意味ではない。」
「?まぁいいわ。どう、お爺様ダメ?」
「むぅ、、、」
3人に迫られ焦るゼルレッチ。
しかし救いの手は意外な所から来た。
「別に俺はどっちだってかまいません。どのみちその人は諦めてくれないでしょう。」
「おい、士郎!」
「本人がいいって言うなら決定ね。じゃあ夜の9時に中庭で。一度出直してきます、お爺様。」
そう言ってホールから出ていくアルトルージュたち。
「魔導元帥!」
「老師!」
ゼルレッチに詰め寄る二人。
「う、しかしもう決まってしまったことだしのぅ、、、」
そう言ってゼルレッチは言葉を濁す。
「あなたはあれを知らないから、そんなことを言ってられるんだ!」
そう言って普段は冷静な橙子が声を荒くする。
この言葉にゼルレッチとコーバックは士郎についまだ知らない何かがあり、それが問題を引き起こすことを十分に予感出来た。
結局最後まで二人はごねたが無駄だった。
 
「先生。」
「なんだ、士郎?」
夕食が終わった後、コーバックを呼び止める士郎。
「あの重りは、、、」
「ああ、そうか。はずせ。そんなのがあったら話にならないからな。」
コーバックの言葉を受けて士郎ははいている黒いズボンの両足の太ももとふくらはぎの外側にある膨らみから金属の重りを抜く。
このズボンは士郎が強化を鍛えるために橙子とコーバックに頼んで作ってもらった物で、重りを入れることによりその分の重さを全身でさえるように作られている。
つまり重りを入れた分だけ自分の体重が増えるような造りになっている。
そのため常に強化をかけていないと日常生活に支障を来し、椅子などに座る際には椅子にも強化を無意識でかけるようになった。
「目隠しもはずしておけよ。」
「はい。」
 
夜の9時
千年城の中庭では士郎とアルトルージュが5mほどの距離を開けて対峙していた。
そんな二人を見つめる外野の中で、青子は全身に強化をかけ、右手に魔力を集中させ、橙子は足下にアタッシュケースより少し大きいオレンジ色の鞄を置いていた。
二人は何も言わずいつでも戦闘ができるように準備していた。
「それでは始めます。制限時間は20分、、、始め!」
ゼルレッチの言葉により戦いが始まる。
 
「同調、開始(トレース、オン)」
士郎は開始と同時に全身に、特に足を強化する。
これはアルトルージュとの会話で言ったとおり逃げるためだ。
そして 強化が終わるのと同時にアルトルージュが襲いかかってきた。
士郎には特別な技術はない。
故にただひたすら走って逃げるだけである。
そしてそれをアルトルージュは鬼ごっこと同じく遊んでいるかのように追う。
ただし鬼ごっこと違うのは時折アルトルージュの一撃で人を殺せる力をこめた爪による攻撃と衝撃波がおそってくることだが。
そしてそれはアルトルージュ自身は意識していなくとも、士郎に殺気を感じさせた。
 
試合が始まって5分。
未だにアルトルージュは士郎を捕まえられないでいた。
士郎は単純に強化をして走って逃げているだけである。
がしかし問題はそのスピードと時間だ。
どう考えてもいくら強化をかけているとはいえ10歳の少年が5分間走り続けるには有り得ない速さだからだ。
「ご老体。」
「なんだ、リィゾ?」
「あの少年はいったい今まで何をやってきたんですか?」
「別に特別なことはしておらんぞ。ただ士郎自身が進んで自分の体に負荷をかけていただけだ。」
「負荷?」
「士郎のズボンは特別でな。両足のふくらはぎと太ももの外側にポケットがあるのだがそこに重りを入れるとその分の重さを体で支える用になっている。そして士郎は普段ひとつ10kgの重りを4つ身につけて生活しておる。普段から強化を全身にかけていなければ生活が出来ないがな。そしてこの2年間ずっとその状態で生活してきた。」
「なるほど。」
この説明でリィゾは何故士郎があそこまで高いレベルの強化をかけられるのか納得は出来た。
 
アルトルージュは最初いくら強化を全身にかけたとしても簡単に捕まえられると思っていた。
しかし開始から5分、士郎をとらえられないことにイライラしていた。
だから少しだけ本気を出すことにした。
それと共に殺気も強くなったが。
 
士郎は焦った。
自分を追うアルトルージュの攻撃が先ほどより激しくなったことにではない。
アルトルージュから感じる殺気が強くなったことにだ。
それは士郎にとってトラウマを少しずつではあるが思い出させていた。
今はまだ我慢できるがいつ限界が来るかは分からない。
 
5分後、開始から10分。
未だに士郎を捕まえられないことにアルトルージュは今のままではいくら何をしても無駄だと考え、そして奥の手を使うことにした。
「凄いわね、まさか人間がここまで逃げ切るなんて思わなかったわ。でもねいい加減決着をつけたいし、私から10分逃げ切ったことのご褒美として奥の手を見せてあげる。」
そういった瞬間中庭の空気が一変した。
アルトルージュがその瞳を閉じて精神を統一する。
その様子は無防備そのもの。
いくらでも離れることが出来たにも関わらず士郎は動かない。
いや、動けない。
 
「シュトラウト・スベェルデン、どう言う事じゃ?」
様子を知っているらしい二人にゼルレッチが尋ねる。
「おそらく姫様が持つ固有結界を!」
リィゾの言葉を遮るように
いまこそ謳え、月の王の賛美歌を
朗々と響き渡るアルトルージュの声と同時にアルトルージュの背後に煌々と輝く満月が姿を現しその光を受けてアルトルージュの体が瞬く間に成長していく。
「発動したか、、、」
「!な、なに、、、この圧倒的な存在感、、、まるで、、、」
そこには先程までの幼さを残したお姫様はいなかった。
その場に佇んでいたのは圧倒的な存在感と力を漲らせた、黒き姫君。
「ふふっ、驚いた?これが私の固有結界『月界賛美歌』。この結界中だと私も真祖と同等の力を発揮出来るの。さあ、行くわよ。」
が、しかしこの時士郎にその言葉を聞く余裕もなく、
「がああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
叫び声を上げて頭を抱えだした。
 
「姉貴!」
「出ろ。」
青子は橙子に呼びかけると同時に士郎の元に走り出していた。
橙子は青子の呼びかけと同時につま先で足下の鞄を小突く。
鞄からは黒いシルエットのようなネコが飛び出し一直線にアルトルージュの元に向かっていった。
「がああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
アルトルージュは士郎が上げた雄叫びを、自分に対する恐怖による物と考え肩すかしを食らっていた。
「なぁんだつまらない。せっかく固有結界まで使ったのに。いいわすぐに終わらせてあげる。」
その言葉と同時にアルトルージュは移動、接近、攻撃を一呼吸で行った。
なんの抵抗もなく城壁まで吹っ飛ばされる士郎。
悲鳴も上げず未だに頭を抱えていた。
それに追い打ちをかけようとするのを阻んだのは黒いシルエットのようなネコだった。
 
「貴様!」
リィゾはアルトルージュの邪魔をした橙子を睨み付け、剣を抜きかけていた。
フィナも同じで、プライミッツッマーダーも橙子をにらんでいた。
ゼルレッチとコーバックは状況がよく分からなかったが今にも橙子に襲いかかろうとしている2人と1匹と向かい合っていた。
当の橙子はいつになく真剣にアルトルージュの方を睨んでいた。
 
「もうなによこれ!」
とどめを刺そうと思った矢先に黒いネコに邪魔を去れアルトルージュは怒っていた。
しかし黒いネコは何をしても消えることはなく、何事もなくその場にたたずみ再び襲いかかってくる。
これが士郎の仕業でないことは様子を考えて見れば分かった。
つまり外野のしかも、自分に敵意を向けてくる者の仕業である。
候補は二人おり、その一人は士郎の様子を見ている。
つまりもう一人、橙子が自分を邪魔していた。
そして橙子の足下にはは彼女の物だと思われる鞄があった。
アルトルージュはそこから、ネコが何であるかは分からないがあの鞄が本体だと推察し、小石を拾い、軽く投げた。
鞄に命中すると中からは映写機のような物が入っていた。
つまりあのネコは影絵のような物で出来ていたのだ。
だからいくら攻撃しても消えなかったのである。
そして再び士郎に視線を向ける。
士郎は青子がいるため確認することが出来ない。
しかし青子は強化を全身にかけている。
そこでアルトルージュは青子もろとも士郎を攻撃しようと飛んだ。
 
「士郎、しっかりしなさい!」
先ほどから何度も呼びかけているが、士郎からうなり声だけしか聞こえず返答はない。
この時青子の脳裏に浮かんだのは魔術回路の生成する時の光景であった。
「、、、ううう、、、青子姉さん?」
「士郎大丈夫!?」
士郎に返答する余裕はない。
ただあの地獄の光景が思い起こされ、視界がぼやけていたが何とか青子の顔が分かる程度には正気を取り戻していた。
そして徐々に視界が鮮明になってくる中で青子に背後に黒い何かを見た。
それが何かは分からない。
しかしそれは確実に自分と、そして青子に危害を加えることだけは分かった。
青子は強化をかけていたがそれでもある程度の被害を被るのだろう。
そしてその事実は切嗣が死んだ時を思い出させた。
また自分にとって大切な人が傷つく。
救うだけの力があるのに傷つく。
その事実が士郎にとってとてもいやだった。
そしてそんな士郎を後押しするかのように声が聞こえた。
―殺せ―
それはあの地獄の中で幾度も聞いた物だった。
―殺せ―
再び聞こえてきた。
そしてそれは判断力が低下していた士郎にとって悪魔のささやきだった。
―殺せ―
3度目が響く。
(そうだ、殺そう。大切な物守るためにあれを殺そう。でもこれだと青子姉さんが邪魔だ。
じゃあ一端逃げよう。)
そんな単純な思考で士郎がつぶやいた。
「移動、開始(ムーブ、オン)」
その声が聞こえた瞬間士郎にふれている青子は士郎もろとも光に包まれそこから消えた。
 
外野の全員が光を認識したとき既に士郎と青子と士郎は橙子の隣にいた。
青子自身士郎が何をやったかは分からなかった。
そして士郎のつぶやきをそばにいた橙子と青子は聞いた瞬間凍り付いた。
「、、、殺す。」
たった一言、その一言で二人は全身に冷や汗をかいた。
封印指定として、魔法使いとして死ぬような場面は幾度も体験し、そんなかて敵意を表す言葉で幾度も聞いており、何も感じないほどだったが士郎の言葉はそんな二人を凍り付かせるには十分だった。
二人がから見える士郎の瞳に光はなく瞳孔も拡大してまるで死人のように二人には士郎が見えた。
士郎は向かってくる敵を確認すると再び、
「移動、開始(ムーブ、オン)」
と唱え光に包まれた。
 
アルトルージュは焦った。
攻撃しようとした対象が光って一瞬で消えたからだ。
そして再び光った方を見ると何故か二人が外野の所にいた。
どうやったかは関係ない。
再び全速力で士郎の元に向かうアルトルージュ。
後20mと言うところで士郎が再び光って突然自分の懐に現れた。
全力で移動していたために突然のことに止まれず士郎にぶつかる瞬間、アルトルージュは士郎の声を聞いた。
「体内、投影(トレース、イン)」
その瞬間士郎にぶつかった音としては有り得ない音が中庭に響いた。
グサッ
その音は自分の体の内側から聞こえていた。
見ると士郎の右の拳が自分の腹の位置にあり、そこが熱を帯びていた。
そして腹から背中にかけて何かが貫通しているのが分かった。
アルトルージュには分からなかったが、ゼルレッチたちからはアルトルージュの背中から4本の剣がつきだしていたのが確認できた。
「邪悪なる幻想(イービルファンタズム)」
士郎がそう言った瞬間、アルトルージュの体内を貫いていた剣が爆発し、その破片が体内突き刺さり、爆発で吹っ飛ばされる。
そして吹っ飛ばされたときアルトルージュは士郎の顔を見て、恐怖を感じた。
その顔は笑っていた。
口元は三日月のように湾曲し、大きく開かれた目に光はなく、それは今日始めて見た少年とは同一人物には見えなかった。
そしていつの間にか士郎は刀身が3mもある黒い剣を握っていた。
その剣を見たアルトルージュは自身が死ぬ光景を見た。
 
士郎が光に包まれ次の瞬間にはアルトルージュの背中から剣が突き出たのをリィゾたちが見た瞬間有り得ないと思った。
自分が知る限りあのアルトルージュがそんな状態になったことは一度もなかったからだ。
そしてその剣が爆発しアルトルージュが吹っ飛ばされた時、士郎が握った黒い剣を見たとき全員が士郎に恐怖し、アルトルージュが切断され死ぬ光景が見えた。
それはここにはいない『もう一人』にも恐怖を感じさせるほどだった。
そしてそれを振りかぶり後は振り下ろすそうとするのを防いだのは、青と橙(オレンジ)の姉妹だった。
 
「落ち着け士郎!」
「士郎、私は大丈夫だから。」
剣を振りかぶり後は振り下ろそうとす、士郎に呼びかける。
その声を聞くと、士郎は剣を落とし二人にもたれかかった。
その顔は二人がこの2年間見てきた物とまったく変わらず、二人は安心したが、先ほどの士郎の壮絶な笑みを思い出し震えていた。
 
「「姫様!」」
リィゾ、フィナ、プライミッツはすぐにアルトルージュの元へ向かった。
「大丈夫です、、、」
安否を聞こうとしたリィゾの服にアルトルージュがしがみついたことに驚き、リィゾは言葉が止まってしまう。
「何も聞かないで。」
そんな彼女の声は震えていた。
今まで永き時を生き続けた彼女がここまで恐怖を感じることはなかった。
ましてそれがわずか10歳の人間の少年にだ。
そしてそれは共にいたリィゾたちにも分かっていた。
3人は何故彼があそこまで干渉するのか、そして青子と橙子があそこまで抵抗した理由を理解した。
 
ゼルレッチとコーバックは考えていた。
先ほどの士郎がやった瞬間移動のような物についてだ。
そして二人とも同じ結論に行き着いた。
「ゼルレッチあれは、、、」
「ああおぬしの考えているとおりだろう。あれは、、、」
そこで一端言葉を切り二人は同じ事を言った。
「「あれは『第2魔法』だ。」」
 








あとがき
こんにちは、NSZ THRです。
黒いお姫様のお話です。
さすがに士郎をパワーアップさせすぎたでしょうか?
ただ話の展開上こうなってしまったのですいません。




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